2026年9月3日
社会資本研究所
南 洋史郎
~ AI時代に「生き残る会社」と「消えていく会社」の違い ~
「AIを入れたら会社は儲かりますか?」こう聞かれることが多くなった。 その質問には少し違和感がある。 AIは魔法でない。 ChatGPTを導入したから売上が増えるわけでない。 社内にAIシステムを構築したから利益が増えるわけでもない。 むしろ問題は、その先にある。 AIを使って、会社の仕事の仕組みそのものを変えられるか。 ここに、これからの企業競争を左右する大きな分岐点があるのではないかと思う。 大阪の商売人なら、もっと簡単にこう言うかもしれない。 「AIを買うだけではあかん。AIに仕事をさせて、その浮いた時間と人間の力を、次の商売につなげなあかん」この考え方は、かなり本質を突いている。 今回は2050年のAIの技術革新による日本の産業や金融の変化を考える前にそもそもAIは企業にとってどんな影響があるのかを考察したので、まずは意見を述べたいと思う。
AIは「ものすごく賢い道具」である
現在のAIは、少し前までのコンピューターと性格が違う。 大量の文章を読み込み、要約し、比較し、整理し、文章を書き、プログラムを書き、企画案まで出してくる。 しかも、その速度は人間とは比較にならない。 ただし、「AIは人間より賢い」と一括(ひとくく)りにすると本質を見失う。 AIには得意なことと不得意なことがある。 大量情報を処理することに強い。 しかし、その情報が本当に正しいのか、目の前の顧客にとって本当に必要なのか、会社としてその判断で良いのかという問題とは別である。 だから、AIを「人間の代わり」と考えるより「人間の知的労働の生産性を猛烈に加速する道具」と考えた方が分かりやすいと思っている。 AIが一時間かかっていた仕事を数分で終わらせる。 そこで生まれた時間を人間が顧客に会うために使う。 新しい商品を考えるために使う。 社員を育てるために使う。 新しい事業を始めるために使う。 ここまでやって初めて、AIは会社の利益に変わる。
AIはアラジンの魔法のランプではない
AIに質問すると、まるで何でも知っている相談相手のように答えてくれる。 自分だけに奉仕して願いの選択肢を猛烈な速度で提示するアラジンの魔法のランプの魔人ジーニーのような優秀なアドバイザーではないかと錯覚する人もいるだろう。 違うのは目に見える形で自分の願いを実現するのは、あくまで自分や会社であり、そのアドバイスを人が解釈し、アクション・ファーストの行動優先で実際にいろいろな現場を動き回り、商売として成立させるのは人である。 人はもっともらしい答えを見るとそれを「正しい答え」だと思ってしまう習性がある。 しかしAIの回答は、必ずしも事実とは限らない。 情報が古いこともある。 前提を間違えていることもある。 存在しない情報を作ってしまうこともある。 もっと厄介なのは、間違っても非常に自然な文章で答えてくることがあるということだ。 ここに企業利用の難しさがある。 AIを使うなという話ではない。 逆である。 AIを本気で使う会社ほど、AIの回答を検証する仕組みが必要になるからだ。 どこから得た情報なのか。 原典は何なのか。 現在も有効なのか。 社内規程と矛盾しないのか。 複数の資料と整合するのか。 最終的に誰が承認したのか。 これを確認できる仕組みを企業側が持たなければならない。 例えば、AIに質問したり、意見をいったり、批評を求めるプロンプト(指示・質問)の段階でも、その内容によって回答や解釈は千差万別となり、 聞き方によってミスリード(誤って誘導)する回答をすることがあり、それを活用できる情報かどうかを判断できるのは、あくまで人である。 その人が多くの経験や知恵から会社にとって有益と判断できる基準をもっていれば良いが、経験や知恵がなく与えられた情報をそのまま信じる時が危険である。
AIを何台つないでも「真実」にはならない
「ChatGPTだけではなく、Geminiも使えばいい」「複数の汎用性のあるオープンAIに同じ質問をして、答えが一致すれば正しいだろう」と考える人もいる。 しかし、それだけでは不十分である。 汎用のオープンAIが三つとも同じ間違った情報を参照していれば、三つとも同じ間違いをする可能性がある。 重要なのは汎用AIの数ではない。 信頼できる情報源にたどり着き、その情報とAIの回答を照合できる仕組みである。 企業内で使う目的で導入された汎用AIも含めたAIを専用AIと表現するなら、社内文書、契約書、規程、業務データ、法令、業界標準などと適切に接続し、必要に応じて原典にまで確認できるようにする。 それを専用AIが答える、情報源を示す、人間が確認する、必要なら修正する、そして、その判断を記録する。 これが企業でAIを使うための基本的な考え方になる。
「専用AI」とは、自社で巨大AIシステムを作ることではない
ここでいう「自社専用AI」は、必ずしも企業が何千億円もかけて巨大なAIモデルを開発するという意味ではない。 既存の高性能なAIを利用しながら、自社の情報、自社のルール、自社の権限管理、自社の業務システム、自社のセキュリティを組み合わせればよい。 これを「企業AI基盤」と呼んだ方が分かりやすいと思う。 社員Aには見せてよい情報でも、社員Bには見せてはいけない。 営業部門には顧客情報を参照させる。 人事部門には人事情報を参照させる。 経営者には全体を見せる。 重要な契約についてはAIが回答するだけでなく、原文を確認し、担当者が承認する。 こうした仕組みができれば、AIは単なる「社員が使う便利なサービス」から、会社の仕事を動かすインフラへと変わっていく。
「AIに仕事を奪われる会社」でなく「AIで新たな仕事をつくれない会社」が問題
AIによって仕事が減る職種は出てくるだろう。 しかし、それだけを見て「AIで人間が不要になる」と考えるのも結論を急ぎすぎである。 企業では、ある仕事が減れば別の仕事が増えることがある。 AIによって事務作業が半分になった。 では、その浮いた時間をどうするのか、営業に回すのか、顧客サービスを増やすのか、新規事業をやるのか、研究開発を進めるのか。 何もしなければ、単に仕事が減っただけである。 しかし、浮いた能力を新しい価値の創造に回せば、会社の売上そのものを変えられる可能性がある。 だからAI時代の経営者に必要なのは、「何人減らせるか」ではない。 「AIによって生まれた余力を、どこへどのように投資するか」という発想なのである。 余った社員の時間の再投資、そのための新しい分野への挑戦と新規事業への参入、 ある程度目途がついたら新事業へ配置転換するための社員のリスキリング研修といった一連の柔軟な変化ができる企業が、これから大きく飛躍できるのである。 日本は企業別雇用中心で、米国のように職種別の雇用が中心でなく、AIである職種が必要でなくなったから大量解雇することは起こりにくい。 逆に言えば、日本で人員削減、中高年のリストラをおこなう会社があったら、AI要因もあるかも知れないが、もともと厳しい状況と理解した方が良いのであろう。 AI時代こそ経験豊富な判断ができる人が必要であり、若手より中高年にそうした人材が多い傾向がある。 日本はこれから積極財政の高市政権の時代が訪れようとしている。 日本の企業にとって、AIでビジネスチャンスが広がる良い時代が到来したと考えるべきである。 その意味で「AIに仕事を奪われる会社」ではなく「AIで新たな仕事をつくれない会社」が問題になるのであろう。 AI時代になって企業経営者の本当の実力が試されるのである。
これから「AIを使う会社」と「AIに使われる会社」にわかれる時代がやってくる
「AIに使われる会社」とは、AIをたくさん使う会社ではない。 むしろ反対である。 AIの答えを検証せず、AIに判断を丸投げし、人間が考えることをやめてしまう会社である。 AIは非常に優秀な参謀になる。 しかし、参謀と経営者とは違う。 参謀は情報を集めて、分析し、選択肢を提示する。 最後に決断するのは経営者である。 もちろん、AIの性能がさらに向上すれば、現在人間が行っている判断の多くをAIが支援、あるいは自動化するようになるだろう。 それでも、誰がその判断を許可したのか、その判断によって何が起きたのか、その結果について誰が責任を持つのかという問題は残る。 だからこそ、「AIを使うな」ではなく、「AIに判断を丸投げするな」ということが重要な命題となる。 万一、AIがよりどころにする情報源そのものが間違っていたら、巨額損失を出すことも起こる。 特に金融の世界でその可能性が高まる。 超一流の詐欺師は、9割の正しい情報で信じ込ませ、残り1割の検証できない情報で騙すといわれる。 詐欺師は悪意を持った人であり、オープンAIが、悪意を持って間違った情報を提供することはない。 しかし、AIを操作する人が、悪意をもってAIをつかって人を騙す道具に使うことがある。 未熟な仕事のスキルしかない人が、稚拙(ちせつ)なプロンプトで誤解を招く回答を誤って導(みちび)きだすこともある。 「AIに使われる会社」とは、そうしたノーチェックでAIに仕事を任せる会社を意味する。 「AIを使う会社」とは、AIに判断を丸投げせず、業務スキルにたけた人がAIのプロンプトをうまく活用して、会社が困っている問題を解決するソルーションに役立つ情報を迅速に活用できる会社を意味する。 過去に社内で起こった様々な問題をAIでどのように解決できたか、その解決策を導き出すためにプロンプトをどのように使ったら効果があったかを教えるケーススタディの研修を通じて人材を育成できる会社がAIを使う会社となる。 このあたりの人材の育成の巧拙(こうせつ)が、AI時代に「生き残る会社」と「消えていく会社」の違いになっていくのであろう。
フィジカルAIによってAIは現実世界へ出てくる
もう一つ大きな変化がある。 AIが画面の中から現実世界へ出てくることである。 ロボット、自動運転車、ドローン、工場設備、物流システム、鉄道。 こうした物理的な機械とAIが結びつけば、AIは情報を処理するだけでなく、現実世界の仕事を支援するようになる。 これがいわゆる「フィジカルAI」の大きな可能性である。 ただし、安全が重要な分野では、生成AIにすべてを任せればいいという話ではない。 鉄道や航空、医療、工場などでは、検証された制御システム、安全装置、監視、人間による介入などを含めた多重の安全設計が必要になる。 AIはその中で、需要予測、異常検知、設備保全、運行計画、復旧支援などを担う。 つまり、AIが単独で世界を動かすのではない。 AIと人間と既存の安全システムが、それぞれの役割を持って一つの仕組みを作るのである。 従って、フィジカルAIで成功するためには、暗黙知の領域であった現場のノウハウを次々と専用のAIに覚え込ませ、既存のシステムとの連携をとりながら、自社独自のAIシステムを構築する必要が出てくる。 さらにその目標達成までのプロセスで無人ロボットがお手伝いし、楽に商売ができるようにするのが、広義のフィジカルAIという考え方もある。 中国の運動会にでてくるヒューマノイドのタイプだけでなく、多種多様なものやサービスを提供するために必要となる全てのお助けロボットが広義のフィジカルAIなのである。
鉄道会社が示すAIの未来
鉄道会社を考えると、この問題がよく分かる。 列車を動かすだけではない。 信号、安全設備、車両、駅、乗客情報、設備保守、運行計画、災害対応、ダイヤ乱れへの対応など、膨大なシステムが動いている。 AIを導入するなら、「AIに列車を運転させる」という一点だけを見るのではなく、鉄道という巨大なシステム全体を、AIによってどこまで最適化できるかを見る必要がある。 さらに同じ会社の中でも、人事や法務、広報、営業、経営企画などでは、AIの使い方が違う。 安全系のシステムと一般の生成AIを同じ考え方で扱う必要はない。 重要なのは、どの情報を、どのAIに、どの権限で渡し、どこまで自動化し、どこで人間が確認するのかを設計することである。
AIとはインフォウェアである
人類は、様々な「もの」というハードウェアを発明、開発してきたが、1960年代から半導体が開発されて、ICチップとしてものに組み込む様々なソフトウェアが開発、進化してきた。 さらに1990年代からウインドウ95というPCソフトが開発されてインターネットという通信技術を使った情報を活用できるようになった。 そしてネットの中の膨大な情報の中から欲しい使える情報を選択、抽出する技術のユースウェアが発達してきた。 グーグルの検索エンジンや動画サイトのユーチューブがそれに該当する。 さらにその選択、抽出された情報を人が活用できるように加工、提供する技術をインフォウェアとよんでいる。 AIはまさにそのインフォウェアの発展形そのものである。 AIのインフォウェア情報を人が使えるものやサービスへ転換する技術がヒューマンウェアとなる。 AIを活用した自動運転装置や飲食店で見かける配膳ロボットがそれに該当する。 フィジカルAIはそのヒューマンウェアに欠かせない技術になろうとしている。 そして、最後に人間そのものを代用する人間もどきロボットに使われる技術がヒューマノイドウェアとなる。 この分野はまだまだ初歩的なレベルであり、これから発展する余地の大きい分野である。 世の中は高度に発達したインフォウェアのAIの登場で、フィジカルAIのヒューマンウェアを活用してものやサービスが格段に便利で快適となる時代に突入しようとしている。 そして、究極的には人型ロボットのヒューマノイドウェアのAI頭脳にまで技術が進む。 世の中の流れをこのように整理して考えると今のAIブームがなにかを理解し易くなる。
AI時代に生き残る会社とは何か
結局のところ、AI時代の企業の競争は「どのAIを買ったか」だけで決まらない。 同じAIを使っても、会社によって結果はまったく違ってくる。 なぜならAI 、情報、検証、 人間、業務システム、現場という組み合わせが違うからである。 AIを単なる便利な道具として社員一人ひとりが得手勝手に自由に使う会社。 AIを企業の情報、業務、権限、意思決定、現場活動にまで組み込んで使う会社。 この二つの会社では、数年後に大きな生産性の差が生まれる可能性がある。 だから「AIを導入した会社が勝つ」とは思わない。 AIを使って会社の仕組みを変えた会社が強くなると考える。 そして、その差はAIそのものの性能より、経営者がAIをどう理解しているかによって決まるのかもしれない。 AIは経営者の代わりではない。 AIは社員の代わりでもない。 AIは、人間の能力を拡張する強力な道具である。 しかし、その道具をどう使うかを決めるのは人間である。 だからAIに仕事を取られるのではない、AIを使って仕事の仕組みを変えた会社に仕事を取られるのである。 AIをツールの仕組みとしてうまく活用できる会社、AIを使う会社が生き残り、AIに使われる会社は思わぬ落とし穴にはまって滅びることもでてくる時代になったのである。
2050年以降のその先の未来はSFの領域になる
AIの未来を考えると、やがて現在の科学技術だけでは答えられない問題に行き着く。 量子コンピューター、高度なロボット、人間と機械の融合、脳とコンピューターの接続、人間の意識そのものをどこまで情報として扱えるのかという問題である。 もしも将来、脳の情報を極めて精密に読み取り、それを人工的な身体やコンピューター上に再現できる技術が生まれたら、人間は何なのかという定義そのものが変わるかもしれない。 ここから先は現在の科学で確認された事実はないが、「魂は量子情報なのか」、「意識を別の媒体に移せるのか」、「人工身体に人間の意識を再現できるのか」、こうした問題は、現段階では科学的事実というより、 未来を考えるための仮説やSF的な思考実験として扱うべきだろう。 ただ、こうした思考実験を無意味とは思わない。 未来を考えることは、現在の延長線上だけを見ることではないからである。 経営者にとって大局観のビジョンという経営のかじ取りの方向性を定めるのに役立つからである。 自社の未来を考える大局観は、当たることもあるが、大きく外れることもある。 大事なことは、予測が当たらない時になぜ違っていたのか、その原因を追究し新たな経営のかじ取りの方向性をみつけることである。 原因を知るのにAIは役立つが、経営のかじ取りの方向性は経営者自らが知恵を絞り、責任をもって考えないといけない。 AIには任せられないのである。
以 上
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〔編集後記〕
今も仕事でAIをフルに活用している。 その中でAIが万能ではないなとつくづく思うようになってきた。
例えば、当研究所で研究している21世紀の循環経済システムについて、1年前のAIはプロンプトで懇切丁寧に説明し聞いても、トンチンカンな回答しか返ってこないのである。
例えば、日本の国債のレイティングについて、なぜ世界の三大格付け機関であるS&P、ムーディーズ(D&B)、フィッチ(Fitch)の3社の評価が低いのか、
彼らはちゃんと金融業界で使っている最新のマクロ経済における各国の国全体の連結ベースのマクロバランスシートの統計に基づく分析をしているのかと聞いても、
的確な回答が得られず、次の数理解析の推論ができずもどかしい思いをしたものである。
いつまでもAIから返ってくる回答は、日本の国債の評価が低いのは、国債を含めた債務、借金が多すぎるのが原因であり、それを減らさないと国債の評価は良くならないと結論づけていた。
まてよ、この考え方、どこかで何十回と聞いたことがあるな、そうだ財務省の説明をそのまま掲載、説明してきたオールドメディアの新聞やテレビの経済評論家の意見とそっくりではないか、恐るべし財務省、AIまで洗脳していたとは、
すごいと感心したものである。
そこで金融常識の国債の借り換え債の意味を説明、それでも駄目なので仕方なく今田元喜のペンネームで昨年に配信した経済分析記事を全てラーニングさせ、
いろいろやりとりしてやっとマクロバランスシートの意味を理解、日本の国債の負債は日本の金融機関の資産、日本の金融機関の負債は日本人の預金という資産という資金循環に裏付けされたもので、
日本の国債の評価は最高級に信頼できるものということで納得してもらった。
それでも特別な考え方ですねと最後に嫌味なコメントをするので、このあたりもどこかのエリート官僚と似ているので内心ドキッとした。
そこで、米英のウォールストリートやシティでは国のマクロバランスシートで分析するなんて常識の話で、それすら理解できなければ金融業界では働けませんよと説明したら、しばらく沈黙が続いて、
2008年のリーマンショックの時に3大格付け機関の評価がトリプルAの債権が次々とデフォルトになり、
それ以降、金融業界は格付け機関を全く信用せず、国の経済全体の資金循環統計やマクロバランスシートで国の負債は金融機関の資産という形で英米の国の統計もそのように表記されているとはじめてまともな回答ができるようになった。
そこまでにかかった時間、実に6時間、へとへとになって明け方に寝たが、よく考えてみるとこの6時間、AIの会社からコーチング料をもらわなかったら割が合わないなと感じた次第である。
おそらく、日本人は生真面目なので、これからあらゆる業界の企業でその業界では常識の当たり前の話をAIに教え込むことが増えていくであろう。
そしてどこでも短時間でAIの弟子が師匠(ししょう)である人の知見を追い越していくのであろう。
AIという新たな社会資源の子供を社会貢献できるところまで成長させるという寛容な気持ちがないとAIも人も進歩しないのである。
合 掌

