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プーチンの核使用発言は日本の安全保障環境を変えるか

令和4年5月15日

社会資本研究所

南 洋史郎

ロシアによるウクライナへの核攻撃の可能性はあるのだろうか

一年に一度、ロシア連邦の全国民が思いを一つにし、ロシア人のアイデンティティを確かめ、ロシアを守った祖先に感謝する日、5月9日の戦勝記念日は、ロシアにとって特別な日である。その日のプーチンの演説がどうなるか世界中が固唾をのんで見守った。意外にも、プーチンは戦争宣言をせず、今までの論調と大きな変化はなく、ロシアの専門家から、事実上の敗北宣言だと酷評されるほど勝利を感じる力強い発言も聞かれなかった。むしろ、意気消沈した元気のないプーチンの姿が見られ、重病の手術前とはいえ、2月、3月の意気軒高な戦う指導者の姿は消え失せていた。

ウクライナの戦況は、東部地区でロシア軍の戦車部隊が大敗退するなど、次々と後退しており、欧米の先進的な武器が活躍し始め、今後も少しずつ後退し続けるとみられている。そんな戦況の中、ロシアが核兵器をウクライナに使用する懸念が高まっている。思い起こせば、1994年にハンガリーでアメリカ、ロシア、イギリスの3国が、ウクライナに対して、旧ソ連時代の核兵器を放棄し、核不拡散条約(NPT)に加盟すれば、安全保障を約束する「ブダペスト覚書」が取り決められた。それ以降、ウクライナは非核国となったが、当時の核兵器を今も保有していれば、今回のような悲惨なロシア軍侵略はなかったと言われている。

ロシアは、核大国として、非人道的で使用そのものがジェノサイドとなる核兵器を自らの戦争目的に使用しないことをNPTで約束してきた。ところが、ロシアはその約束を自ら破り、小規模な戦術核といえども、侵略した非核国のウクライナへ使用する可能性を示唆している。5月6日にロシア外務省のザイツェフ情報局次長は、ウクライナでロシアが核兵器を使用することはないと公表している。しかし、ウクライナ侵略では、ロシアは今まで散々、事実と異なる軍事行動をしており、言葉通りに受けとる欧米の軍関係者はいない。

いや、むしろ、戦局がロシアにとって厳しくなって、東部のドンバス地方や南部のマリウポリも奪還され、クリミア半島まで失う事態に遭遇した時、戦局を打開するため、ロシアが最後の手段として、戦術核、といっても広島クラスの原子爆弾を使用する可能性は否定できない。すでにロシア国内はスイフト金融制裁で、海外から重要な部材、医薬品、産業資材が輸入できず、急激に国内産業が疲弊、悪化している。仮にプーチン以外の後継者がリーダーになっても、自暴自棄となり、過激な手段に訴える可能性があり、起死回生の手段として、核使用に最後の望みを託するケースも想定されるのである。

ウクライナにロシアの核攻撃を阻止、抑止する力はあるのだろうか

核攻撃がどれほど恐ろしいものか、世界で唯一、広島や長崎で核兵器の犠牲になった日本のとても辛い経験を知れば、どんな国でも、核兵器の使用が、間違いなく人類を滅ぼす最終兵器であることに疑いの目を持つ人はいない。一瞬にして数万の人間が蒸発、消滅、生き残った人も、その後、生涯にわたり、原爆の後遺症で苦しみ続けるのである。身の毛がよだつ、その過酷な現実を知れば、核兵器の恐ろしさに震え上がらない国はない。

ウクライナが核兵器を持っていないので、ロシアが怖がらず、白昼に堂々と侵略を始めたと主張する意見もある。全くその通りである。もしウクライナが核兵器を保有していたら、ロシア軍は怖くて安易に侵略しなかったであろう。ウクライナが核保有の国なら、ロシアも報復を恐れ、残酷な方法で民間人を殺害したりはしない。どんな国の大統領や元首も核兵器のボタンを押すことには躊躇する。しかし、勝手に侵略して、罪のない自国民へ集団殺戮、ジェノサイドをおこなった国に対しては、迷わず核攻撃の決断ができるからである。

つまり、もし、ウクライナが核兵器を保有していたら、プーチンが安易にキーウ等の都市へ核攻撃をほのめかし、脅かした段階で、国家存亡の危機となり、許しがたい憤りもあって、ゼレンスキー大統領も、核兵器の報復使用を決断するとみている。最悪の事態が起こり、プーチンが戦術核であっても、ウクライナへ先制使用をすれば、クレムリンのモスクワ等へ核の報復攻撃がおこなわれるであろう。その時には、戦艦だけでなく、大都市まで含んだ2つのモスクワがこの世から消滅するかも知れないのである。

ウクライナは、ベラルーシやカザフスタンと同様に旧ソ連の核兵器を保有していたが、ブダペスト覚書で完全放棄し、その時に英国や米国は核の安全保障を約束している。ロシアは その約束を破って、ウクライナを侵略し核使用まで公言したが、英米は約束を守る国である。その約束を守るため、ロシアの侵略後にウクライナに対し何らかの方法で、最悪の事態の対処の仕方について、極秘裏に話し合われたのではないかとみている。

あくまで憶測だが、英国のジョンソン首相や米国のブリンケン国務長官、オースティン国防長官がウクライナを訪問した際、かなり突っ込んで核攻撃への報復について、ゼレンスキー大統領と意見を交わしたのではないかとみている。オースティンは前職がジャベリンで有名になったレイセオン社の元取締役である。レイセオン社は、世界NO1のミサイルメーカーで、最先端の技術を使った核の弾道ミサイルの開発をおこなっている。

オースティンは、会合の後、珍しくウクライナによるロシアの弱体化を主張し、米国の支援を約束している。米国の国防トップが軽々しくロシアの弱体化を言ったりはしない。この時点で、米国とウクライナが互いに納得できる形で、核の脅威に対して効果のある具体的な対策を話し合ったのではないかと推察している。すなわち、米国支援で、ウクライナにロシアの核攻撃を阻止、抑止する何らかの力が備わったと考えるのが妥当な見方となる。

ロシアはウクライナの報復核のロシアンルーレットを始める気だろうか

軍事技術は素人だが、核弾頭は、仰々しく特別な扱いが必要かと言えば、普通の弾頭より少し大きく、重く、それをとり付けて、発射するミサイルが限定されるぐらいで、従来の弾道ミサイルとあまり変わらないという話を聞いたことがある。万一、米国が鉄道網を使って、核弾頭と弾道ミサイルをウクライナ国内へ持ち込んでも、他の兵器と全く見分けがつかず、誰もその行動を捕捉できないとも言われている。

ここからは憶測の話になるが、ウクライナが米国と核抑止の具体的な対策を話し合って、既に極秘裏に核弾頭と弾道ミサイルをウクライナ国内へ持ち込んでいたと仮定したら、その時点でウクライナは瞬時に核保有国となり、ロシアからの核の恫喝にいつでも報復核で対処できるようになる。米国が曖昧戦略(Ambiguous Strategy)をとり、実際に核兵器を持ち込んだとも、そうでないとも否定しない限り、誰もわからないのであり、その時点から、ロシアはウクライナの報復核のロシアンルーレットを始めることになる。

可能性は五分五分であり、仮に2~3割の低い確率でも、ロシアは常にウクライナの核の報復を心配しながら、核使用の恫喝をせざるを得ないのである。もしも、予想通りにウクライナが米国の最先端の弾道ミサイルを保有していたら、ロシアが戦術核の準備を始めた時点で、ウクライナはモスクワという大都市を壊滅できる戦略核の発射準備を黙って淡々と始めるかも知れないのである。その時にプーチンがゼレンスキー大統領とホットラインで冷静な会話ができるかと言えば、かなり望み薄な気がしている。

ウクライナはロシアに強い嫌悪感や敵愾心を持ち続けている。核兵器を黙って秘密裏に保有した後、なにかのきっかけさえあれば、ゼレンスキー大統領は躊躇なく発射ボタンを押すのではないかと憶測している。核保有が第一関門とすれば、その後に実際に核のボタンを押せるかどうかが問われるのである。今後、英米もウクライナも、メディアからロシアからの核攻撃への対抗策や核保有を聞かれても、曖昧な返事をし続けるだろうし、それが強力な核の抑止力にもつながるのであろう。

もし、ロシアの軍幹部がまだ冷静な判断機能をもっているなら、米国がウクライナの要望に際限なく兵器の供与を始めた段階で、核弾頭も極秘裏にウクライナ国内に持ち込まれ、いつでも対抗できる状態になっていると考えるべきである。FSAなどロシアの諜報機関も、その微妙な変化を察知し、ウクライナを刺激する核兵器の恫喝はしないとみている。実際、最近のロシアの動きをみるとあのプーチンですら、核の恫喝発言には慎重になっている。5月9日の戦勝記念日でも、過激な発言は一切なく、まったく元気がなかった。識者から敗戦宣言と揶揄されようと、モスクワが既に核弾頭を保有しているかも知れないウクライナの攻撃対象になっているなら、おとなしくならざるを得ないのである。流石のプーチンも、核攻撃のロシアンルーレットのゲームまでは始める気はないのであろう。

プーチンの核使用の発言はNPT体制を変え核ミサイル拡散につながる

今回のロシアのプーチンの核使用発言は、核不拡散のNPT体制を根底から覆すことになった。もしも、ロシアのような核兵器を保有する国が、非核国を攻めて、核使用の恫喝を始めた時、ウクライナのような米国の報復核を所有したかどうかを一切明かさない曖昧戦略がとられるのではないかとみている。これをウクライナ・モデルと呼べば、核保有国の侵略戦争における今後の標準的なスタイルになっていく可能性は十分にでてくると考えている。

まず、侵略が始まった時点で、金融核爆弾とも形容されるスイフト金融制裁がおこなわれ、米国との密接な同盟関係があれば、核弾頭やそれを運ぶ弾道ミサイルまで極秘裏に供与してもらえる可能性がでてくるのである。核シェアリング等の核保有の議論をしなくても、核保有国との戦争は、侵略を受ける当事国が米国とも密接な同盟関係にあり、両国で合意さえすれば、極秘に報復核を入手し、核で恫喝する相手国へ対抗できるようになるのである。

ロシアのウクライナ侵略を契機として、日本では、核シェアリングや核抑止について米国の支援をふくめ、今後どうするかという議論が始まろうとしていた。中国や北朝鮮から日本の領海や国土へ核攻撃がされる事態にどう対処すべきか、その緊急事態に米国が助けてくれるのかといった議論が始まろうとしていたのである。つまり、日本で報復核を保有するかどうかという議論を始めることが、曖昧戦略の始まりであり、安全保障につながるのである。

ところが、これは全くの想定外であったが、就任以来、自らの発案で明確な具体的な政策を推進したと感じられない岸田首相が、珍しくこの核シェアリングの議論だけ最初から封じ込めたのである。核保有を検討する曖昧戦略が、近隣の核保有国の抑止力になるにも関わらず、逆に国の方針を明確にする明示戦略(Explicit Strategy)をとったのである。この明示戦略で喜ぶ国は核保有大国の中国であり、この政権が中国とかなり癒着しているのではないかと疑う契機にもなっている。

広島出身が理由だったが、核抑止は日本全体の最重要な安全保障の課題であり、出身地と国政を一緒にすること自体、ナンセンスである。昨年公約した憲法改正も全く動いていない。今度の参議院選挙では、自民や公明の圧勝が予想されているが、予想に反し、保守系の票がかなり国民民主や新興の参政、くにもりなどへ逃げるのではないかと予測している。核抑止の議論の封じ込めは、ウクライナで核使用の恐怖に覚醒した国民の怒りを買うだけだろう。

公約の憲法改正も核抑止の議論もできない首相を参議院選挙で黙って信認するほど日本の国民は甘くはない。大きな意識変化が起こっている兆しも出ている。もし今度の参議院選挙の結果、首相が代わり、まともな国防議論ができる新しい首相になれば、ウクライナ・モデルも参考にしながら、日本の国家安全保障会議を中心に核の脅威にどう対抗するか、一刻も早く、検討を始めて欲しいと願っている。核を議論し、その方向性を明示しない曖昧戦略こそが日本がとるべき道ではないだろうか。

プーチン効果で人気がでたと勘違いする欧米トップには厳しい見方がある

今回のプーチンによるウクライナ侵略は、一見、バイデン大統領やその取り巻きの政権の幹部の対応が優れていたから、ウクライナがロシアの侵略を跳ね除け、うまくいっているように勘違いされている。ただ、1月から2月のロシアによる侵略開始前の米国政権の稚拙な対応を疑問視する識者から辛辣な厳しい意見もでている。2月になって、プーチンによるウクライナ侵略が明白になった時、バイデン大統領は、あろうことか、米国はウクライナに一切関与、介入しないと明言する明示戦略をとったのである。

一年半前に不正選挙を覆して、もしもトランプ大統領が政権を担っていたら、何よりも、プーチンと会って侵略を阻止したであろうし、それもうまくいかなければ、ウクライナ侵略に米国が積極的に関与、介入するかも知れないとプーチンをけん制する曖昧戦略もとっていたであろう。歴史の皮肉な結果かも知れないが、バイデン大統領は、全て逆の外交政策を推進した。本人は、高齢でうまく反応できず、悪意はなかったかもしれないが、結果的にプーチンをウクライナ侵略へ誘い込んだと受けとれる事態をまねいたのである。

ところが、ウクライナ軍の大活躍のお陰で、この横暴なプーチンのロシアを打ち負かしており、その活躍が連日、マスコミをにぎわし、賞賛されている。そもそも大勢の両軍の兵士やウクライナ市民の命を奪う武力戦争そのものを阻止できたのではないかという議論はされていない。今後、戦局が長期化する中、米国でもバイデン政権のとった行動が正しかったかどうかの検証はされていくであろう。

米国では、ウクライナ戦争に関心を示さない国民が多いとも聞く。ギャロップの最近調査では、バイデン大統領の支持率は4割程度と低いままである。ウクライナ侵略に対する米国政権への評価は高いと言えない状況となっている。戦後も長い間、武力戦争に明け暮れた米国だからこそ、武力戦争に勝者はおらず、敗者のみという考え方が根強いのであろう。民主党政権と癒着している軍事産業だけが勝者という皮肉な見方もでている、実際、ジャベリンのレイセオン社は、株価が2月の80ドルから3月になって100ドルへ急騰している。

米国では、トランプ待望論の声が根強く、大きくなっていると聞く。ツイッターが解禁すれば、トランプの支持率はさらに高まるのではないかと見られている。英国でもジョンソン首相の保守党を批判して、労働党が票を増やす兆候もでている。フランスでは、ルペン候補の支持が意外と強く、ルペンのロシア献金スキャンダルでかろうじてマクロンが勝利できたという話である。ドイツも、ロシアとの関係修復を推進する一部の政治勢力もあるらしい。

プーチンの戦争犯罪的なウクライナ侵略やロシア軍のあまりの蛮行や悪行が、議論の余地なく糾弾すべき悪いものという認識は変わらない。しかし、その悪の極みとなったプーチンの対局として、正義の政治のイメージを訴求したい、俗に「プーチン効果」と形容できるような政治家トップへの評価が、なかなか思ったほどに高くはならないのである。それどころか、そもそもそんなにロシアだけを追い詰めて、欧米経済や世界経済は大丈夫なのか、そもそもウクライナでのロシアによる武力侵略そのものをもっとうまく回避できなかったのかという疑問や疑念すら巻き起こっているのである。

日本もウクライナ対応で人気が出たと勘違いすると意外と選挙で苦戦する

日本でも、ネット情報から判断すると同じような世論の動きが起こっているのではないかとみている。2月からG7と歩調を合わせ、岸田首相によりロシアへの経済制裁が次々と講じられ、ウクライナ避難民の受け入れの決断も迅速であり、もっと評価されて良いとは思うが、支持率はさほど上昇していない。

プーチン効果を期待し、政権与党の自民党や公明党が大勝を予測し選挙を戦ったら、意外と苦戦するかも知れないのである。5月15日の今日は、日本への沖縄返還の50周年にあたる記念すべき良き日である。記念式典に、岸田首相や米国大使が参列、いかにも善人面の首相のお顔を拝見すると好感はもてるが、それが今度の参議院選挙の票につながるかどうかと言われれば、逆に厳しい審判が下される可能性も残っているのではないだろうか。

実際、岸田首相への30歳代以下の若い世代の支持率は低く、不支持率が上回っている。支持率が高い高齢者層は、意外とそれが票にはつながらず、政権交代の心配のない参議院選挙では、何かのきっかけがあると、浮動票に変化し、他の政党へ流れる可能性も高いと聞く。保守層に限って予想すれば、今度の選挙では、自民党の強敵となる保守層の心をつかむ参政党や新党くにもりといったところから、優秀な候補が出馬する予定である。武田邦彦先生や安藤裕先生などチンタラした国会議論に新風を吹き込む大物議員の参戦も予定されている。

ロシアのウクライナ侵略やプーチンの核使用発言で、世界の安全保障環境は大きく変化を始めている。日本もこの大変化にうまく順応できないと欧米の流れ、世界の流れから大きく取り残され、それが尖閣や沖縄、北海道などの日本国内への侵略を呼び込む結果を招くかも知れないのである。今こそ多くの日本国民からは、ウクライナのような戦争に巻き込まれず、長期に安心して暮らせる国防、外交の優れた安全保障政策の企画立案とその推進、さらに防衛力の大幅な強化を実現する政治主導の政権が待ち望まれているのである。

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