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消費税の10%の増税は日本の消費市場をどのように抑制するか

20世紀中頃に活躍した米国の心理学者アブラハム・マズローは、人間の欲求を5段階、晩年には6段階説を提唱しましたが、それが消費者心理の分析に応用され、消費行動の予測研究に大きな影響を与えました。米国でマーケティングという学問が発達する中、マズローの消費心理分析として活用され、いろいろな欲求(ニーズ)をセグメント階層に分類して、より効果的な販売手法が開発されてきました。

マズローから発達した消費分析の特徴は、西洋的な価値感から人間心理を分析、一人の人間の心の中に6段階の欲求すべてが存在しており、消費者の帰属する所得階層によって消費者の欲求、ニーズが変化し、高い欲求段階に沿った消費行動をとる傾向があるという見方をしています。

第一段階の「生理欲求(ニーズ)」のウエイトが高い消費者は、貧困層や中流の下の層が多いですが、普通の生活を通じ人間として生きるための衣食住など基本的な「生活基盤を求める欲求」のウエイトの高い「生活消費」を優先します。不況になるとぜいたく品や余暇を過ごす費用、外食などの「余剰消費」を大幅に切り詰め、一定規模の生活消費を確保しようと努力します。

第二段階の「安全欲求(ニーズ)」のウエイトが高い消費者は、失業や病気、事故、自然災害など第一の生理欲求すら満足できない状況を想定して、事前にそうしたリスクを軽減させる保険や貯蓄などセーフティネットのある環境の中で生活したいという「安心を求める欲求」が強まります。不況になると「余剰消費」や「生活消費」を切り詰め、消費せずに「貯蓄」や保険加入を強める傾向が強くなります。

第三段階の「社会欲求(ニーズ)」のウエイトが高い消費者は、中流階層が多いですが、「生理欲求」や「安全欲求」を満足した後、他人から愛されたい、他人に自分の存在を認めてもらいたい、家族や夫婦などとの関係から愛に満ちた生活をおくりたいという「社会の中で人とのふれあいで心を満たす生活を求める欲求」にお金を使う「社会消費」が強まります。
不況になると心理的な不安から「生活消費」や「貯蓄」にお金が回って、交際費や冠婚葬祭費などの「社会消費」が大幅に減ります。

第四段階の「尊厳欲求」のウエイトの高い消費者は、昇進や高い地位、富裕な生活など人から一目置かれた存在になり、社会的尊敬が得られる生活をおくりたいという「成功を求める欲求」が強まります。事業欲も旺盛となり、失敗を恐れず、果敢に新しい技術開発やベンチャー企業に挑戦して、成功を手に入れようと努力します。尊厳欲求が強い人は消費より投資に強い関心を示し、熱心に自分のための教育投資にも力を入れる傾向があります。

第五の段階は「自己実現欲求」で、人生で生きる意味を自分で定義、それを信条として常に新たな人生目標を設定、それに向かって生きる「人生目標の実現を目指す生活を求める欲求」が強くなります。自己実現欲求の強い人も物質的な消費より、自己投資や他人のための事業投資に興味をもち、そうした投資機会にお金を投入する傾向が強まります。

第六の段階は「自己超越欲求」であり、自分を超越する自然や神といった存在を肯定、自分より他人への思いやりや気配りを大事にして、社会や人のために献身的に生きることが人の道として大事であると悟り、「人のために社会貢献的な生活を目指す欲求」です。ボランティアや宗教、ソーシャルベンチャーなどの社会活動に関心が高く、他人のための消費や投資にお金を使う傾向が強まります。

欧米では、貧困者は第一の「生理欲求」、富裕層は第四の「尊厳欲求」、専門家は第五の「自己実現欲求」、宗教家は第六の「自己超越欲求」のマインドが高く、多数派の中流層は第二の「安全欲求」や第三の「社会欲求」のマインドが高いというのが一般的な見方です。

ところが、アジア、特に日本では、欧米と異なり、貧富の差とは無関係に不況になると第二の「安全欲求」が強くなり、その次に中流層や貧困層で第一の「生理欲求」が高く、さらに第三の「社会欲求」に沿った消費を行います。富裕層や専門家も第四の「尊厳欲求」や第五の「自己実現欲求」は弱く、第二の「安全欲求」が強く、第三の「社会欲求」が続きます。

日本では、1970年代以降、開業率は6%越え、廃業率との差異は2~3%で零細、個人を含む中小企業は数を着実に増やして、1980年代のピーク時には650万拠点を超える事業所がありました。ところが1990年代に廃業率が開業率を超え、事業所数は570万拠点まで落ち込み、個人含む企業数は470万から420万と50万社以上も減り続けています。

つまり、小泉政権時代に一部のベンチャー企業や投資家をマスコミが盛んにもてはやす風潮がありましたが、第四の尊厳欲求や第五の自己実現欲求で起業する人たちは米国の10%前後と比べると4%程度と少なく、起業してもうまくいかず、売却や清算、放置などで消滅するケースが多いのです。一説では、事業承継で無い新規起業の場合、1年で過半数以上が脱落するといわれています。

また、日本独特の消費マインドから、厳しいデフレ不況の不安を感じると消費者は今までの購入額より少し倹約して貯蓄にお金をまわし現金を手元に残そうとします。
1989年に消費税が導入され、全ての商品に課税されると消費税分だけ節約、消費者の不安心理から、消費をさらに抑制して貯蓄を増やす動きをとりました。そうした消費者の厳しい選別購買の動きに呼応するように、流通企業は、消費抑制の動向を先取りし、価格をさらに下げる経営努力をおこない、メーカーは低価格を実現するため、中国など新興国やアジアの発展途上国でより安く製品を生産する戦略をとり、ひたすら安売りを求める消費ニーズに応えてきました。

この20年間で大きく成長した流通企業は、業界ガリバーといえるイオンやダイソー、ニトリ、ユニクロ、楽天などであり、安売りで消費者の心をつかみ、業界一人勝ち、寡占化を推進した点が大きな特徴といえます。人件費は抑制して、正社員より非正規社員を増やし低コストのオペレーションを強化して、それが勤労者の給与水準を下げる要因となってきました。

日本の消費者は、デフレ不況が深刻になって、給与が減れば、借金や消費は控え、無駄なものを購入せず、さらに節約して貯蓄し将来に備えようとします。消費税による消費需要の抑制が、日本の消費者の消費より貯蓄という行動パターンを促し、デフレ経済をさらに助長させてきたのです。そのため消費税が導入されてから、失われた25年間においてデフレ不況がずっと続き、商品サービスの価格が下がっても、消費市場が伸びず、貯蓄が増えて、国民の金融資産が拡大、政府主導の公共投資も削減し続けたことから、国内企業の多くが疲弊し、その結果、法人投資も伸びず、勤労者の所得も減って、家計消費がさらに減退、貯蓄だけが異常に増え続けるという状態が続いてきました。

ケインズ経済学の見地から言えば、家計消費と法人投資の有効需要を創出すべき政府が逆に消費税を導入、増税して家計消費を抑制、公共投資を削減して有効需要を大きく減退させ、その結果、デフレが深刻化して不況が続いてきたと結論づけることができます。デフレ不況が続くと法人投資の意欲が減退、業績が悪化する企業が増加、リストラがさらに進み、勤労者の給与が減少するという悪循環が繰り返されます。つまり、消費税は消費抑制のデフレ不況製造装置であり、国民を苦しませ続けてきた元凶といえます。経済の教科書通りに、消費税で消費や投資が抑制された状態が続いたことで、貯蓄が異常に増殖、その結果、過剰貯蓄で過少投資の社会構造が生み出され、ごく少数の富裕層だけが富を独り占めする醜い経済システムで国力を大きく減損させてきたのです。

次に消費市場そのものを分析してみると市場といっても裾野は広いので、分野をいくつかのセグメントにわけて議論する必要があります。まず、金持ちであろうと貧乏人であろうと生きていくために必要な市場として、食品市場・衣服市場・住市場・生活インフラ(水道・光熱エネルギー・通信)市場・医療介護市場の5市場について、消費税が10%になっても、消費、利用し続けないと生活基盤そのものを維持することが難しくなります。
そこで消費税が10%になって増税されても、支払額で従来とあまり変らなければ、購買意欲は従来通りで、消費額はあまり減らないと予測できます。ただ、消費者は経済合理性から品質と価格から得な商品サービスだけを選択して、もっとも値打ちのある店舗へショッピングに行き、そこで限られた財布のお金からじっくり考えて商品サービスを選別購入します。

食品や衣料、住宅などの生活産業は、消費者の購買のみで成り立っており、消費者が少し買い控え、さまざまな情報を収集して優秀な製品サービスのみを賢く選択購入するようになると優勝劣敗の格差が鮮明になって、購買対象外の製品サービスを提供する企業の生き残りが厳しくなってきます。

つまり、消費者の選択に残った勝ち組企業は生き残りますが、買い控えの対象になり、選択されない製品サービスを提供している負け組企業は、どんどん消費市場から追いやられ、金融機関も負け組企業には冷たいので、加速的に市場、業界から淘汰されていきます。

日本の消費者は、品質と価格に敏感で、消費税を引き上げたら、その分節約して、限られた可処分所得の中で無駄な消費や不要不急の消費、贅沢な消費を節約して、本当に必要な消費だけに絞った購買行動をとるようになります。

実は消費者の無駄、不要不急、贅沢な消費が経済を拡大、活性化させる原動力になっているのです。消費者の多くがそうした余裕のある余剰消費をせずに必要なものだけに限定して賢く厳しい選別購買を続けると必需品中心に品質は普通でも価格の安い商品サービスに需要が集中してデフレが進行します。

過去、消費支出が伸びなかったのは、消費税導入、増税による家計の節約、選別消費をうながしたためであり、研究所の分析では、日本の消費者がそれでも必需品中心に購買を続けてくれる閾値(限界値)が5%という見方をしています。

この閾値を越えた消費税8%、10%を導入した後の消費者、特に中流や貧困層の消費行動は確実な読みはできませんが、従来の消費常識を超えたもう一段上の節約に向かうと考えています。中古住宅、中古車、古着など中古販売や近距離で格安な旅行、外食から内食、家族葬、小額身内結婚式といったものが流行すると分析しており、零細、中小企業を中心として、事業を継続できない企業が続出すると考えています。

ついにダイエット食事と聞こえは良いが、従来の3食を2食、2食を1食とおやつといった食事回数を減らし、一回あたりの食事の量を制限する家庭が増えるのではないかと危惧しています。新製品はよほど魅力あるものでないと売れないので、消費税8%から10%へ引き上げられた後は、必需品の食品会社の倒産が起こり、不況に強い衣食分野の大企業の大型倒産も危惧されます。消費税を受け入れた経団連や商工会議所には非難が集中し、景気の良かった大企業にも消費者の過激な消費抑制による業績悪化の津波が押し寄せ、業績を下方修正するところが続出すると予測しています。

さらに富裕層や中流の上の階層の消費者は、消費税が仮に10%を超えても、日々の買い物は通常通りでしょうが、中流の下の階層や貧困層は、消費税が上げれば、その分確実に消費を控える購買行動をとります。日本的な生活行動パターンですが、富裕層も貧困層に合わせて、派手な消費は抑制して目立たない地味な消費を志向するようになります。

中流の下の階層や貧困層の人たちは、購買意欲が高く、金持ち層に比べ、耐久消費財を中心に買いたいものがたくさんあるので、この分野の購買力がなくなると企業の売上は低迷するどころか、さらに大きく減退します。

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